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バルセロナの観光スポット: バルセロナ市庁舎 ボケリア市場 カサ・アジア カタルーニャ通り オルタ公園 バルセロナ市内ビーチ 副司教館 アウグスト寺院の遺跡 サン・アンドレウ地区 Petrixol 通り Ciutadella 公園 サン・パウ病院 リセウ劇場 ペドラルベス修道院 カテドラル カタルーニャ音楽堂 聖家族教会・生誕のファサード バルセロナ水道局 バルセロナのムービー ![]() バルセロナ市庁舎 ![]() バルセロナ市庁舎は旧市街の Plaza Sant Jaume に建てられています。 この広場に2000年以上前から(つまりローマ時代から)バルセロナの行政の建物が並んでいます。 市庁舎のネオクラシックの正面は19世紀中頃に改装されましたが、市庁舎そのものは14世紀に建てられました。その時、カタルーニャ地方の100種の職能 団体がこのところに集まって、彼らの国家を統治していました。 市庁舎の一番素晴らしい部屋は1373年8月17日に始めて使われた百人室 Salo de Cent だと思います。 1階の正門に入ると右に曲って、中央階段を上がります。石の壁に掛けてある2枚の古いタペストリーを称賛してから、2階の中庭から百人室 Salo de Cent に入ります。最初に感動するのは百人室のサイズとカタルーニャ州を象徴する 黄色と赤い色の壁掛けです。 議会場のやや中央に位置する左右の壁にジャウメ1世と聖ジョルディの石の像が向かい合います。幅広い半円ボールトは美しい木造の天井を支えています。 床に職能団体のシンボルがモザイクによって残されています。 見学出来る部屋はその他2つあります: @ 1860年に建てられた丸天井の半円形会議場で、今も総会が行われます。この部屋は2つの青銅のシャンデリア、マリ・クリスティナ女王の絵画と現在の スペイン王様 (Juan Carlos 1世)の胸像が飾られています。 A もう一つの部屋は窓がありません。その上、暗い絵画で囲まれていますので、明るい百人室と全然違う雰囲気です。多くの絵画は14世紀に行われた東洋の 遠征を描写しています。 市庁舎の2階の見学が終わったら、黒い大理石で作られている階段で1階に戻ります。 現在、バルセロナ市役所として使われていますので、平日には見学は出来ません。 週末は朝 10時から午後 14時まで無料で入れます。 住所:バルセロナ旧市街、サン・ジャウマ広場、 アクセス:地下鉄、4号線 Jaume I 駅で下車、歩いて2分。http://www.bcn.cat/ ボケリア市場 ![]() 今回、バルセロナのランブラス通りのボケリア市場を紹介しましょう: 昔、ランブラス通りのところに小さな川が流れていました。そして、中世にバルセロナは地中海の貿易のおかげで盛んな街になって、人口が増えてきました。城 壁に囲まれていたバルセロナは小さすぎて、13世紀にバルセロナの2番目の城壁がこの川に沿って建てられました。 (ちなみに14世紀にまた小さすぎて、3番目の城壁も建てられました)。 2番目の城壁と3番目の城壁の間にはたくさんの教会や修道院などが建てられました。同時にサンタ・マリア・ダル・マル教会の地区にあったバルセロナの中心 地はランブラス通りに移動して行った。 まのなく流れていた小さな川を埋めて、ランブラス通りは賑やかなところになって、いつも行商人で混んでいました。 ランブラス通りの南側にあった宗教の建物の中にサン・ジュゼップのカルメン会の修道院もありましたが、1835年に火事がありました。 バルセロナ市は空地を購入して、毎日ランブラス通りの交通を邪魔していた行商人をこの土地に移動したかったからです。 しかし、市役所と行商人の間で様々な問題が起きて、1840年にオープンする予定市場は結局、30年遅れて 1870年にオープンしました。 今も残っている鉄とガラスの屋根は印象的です。現在、野菜、果物、魚、お肉とチーズがたくさん売られています。赤い、グリーン、オレンジ色、黄色...本 当にたくさんのカラーがあって、見るだけで楽しいです。 間違いなくツーリストの目もこの色のフェスタで大喜んでいるでしょう。 写真を撮る観光客も少なくないです。市場の奥には数件のバールもあります。買い物しながら、市場の回りに残っている中世の修道院の柱を見るのを忘れないで 下さい。 値段を調べに行ってきました。お店によって、値段が異なりますので、買う前に比べた方がいいと思います。 お肉: イベリコハム(ベヨータ):1キロ:25.00〜163.00ユーロ(4125〜26895円) チョリソ:1キロ:8.30ユーロ(1370円) 魚: アンコウ:1キロ:15.90ユーロ(2620円) 舌平目:1キロ:22.00ユーロ(3630円) コウイカ:1キロ:8.70ユーロ(1435円) 芝エビ:1キロ:18.00ユーロ(2970円) イワシ:1キロ:4.00ユーロ(660円) スズキ:1キロ:8.99ユーロ(1480円) 野菜: じゃが芋:1キロ:0.79ユーロ(130円) トマト:1キロ:1.29ユーロ(210円) キュウリ:1キロ:0.95ユーロ(155円) カリフラワー:1キロ:1.95ユーロ(320円) ズッキーニ:1キロ:1.00ユーロ(165円) タマネギ:1キロ:0.99ユーロ(165円) 果物: 西瓜:1キロ:0.99ユーロ(165円) バレンシア・オレンジ:1キロ:1.99ユーロ(325円) キーウィフルーツ:1キロ:1.49ユーロ(245円) ネクタリン:1キロ:0.99ユーロ(165円) バナナ: 1キロ:1.39ユーロ(230円) フジのりんご:1キロ:1.29ユーロ(210円) パパヤ:1キロ:3.99ユーロ(650円) プラム:1キロ:1.99ユーロ(325円) ブドウ:1キロ:1.49ユーロ(245円) アプリコット:1キロ:1.29ユーロ(210円) さくらんぼ:1キロ:3.49ユーロ(575円) そして、卵:12個:1.60ユーロ(265円) どうですか?安いでしょうか? アクセス:地下鉄、3号線 Liceu 駅で下車、歩いて2分。http://www.boqueria.info/ 関連ワード: カタルーニャ料理 = レシピカサ・アジア ![]() Palau Baro de Quadras は1904〜1906年に Puig i Cadafalch によって建てられました。4階建ての建物はモデルニスム建築で、小さな噴水と壁にあるタイルに囲まれている中庭は夏でも涼しいです。そして、 Diagonal 通りに面している正面は印象的です。バルセロナの建物の中ではユニークなスタイルだと思います。グラシア通りからそんなに 遠くないですから、例えばカサ・ミラに行く時、少し足を伸ばすと簡単に行けます。 現在、この建物には Casa Asia があります。 カサ・アジアはバルセロナに住んでいる人にアジアのことを紹介してくれます:まず、アジアの作品の展示会、そして、映画祭、言葉のレッスン、文化などにつ いての会議、そしてアジアと商売したい会社も手伝ってくれます。素敵な会議室で国際会議もよく開催されます。1階の喫茶店では、東洋の飲み物と食べ物を注 文出来ます。 数年前にオープンしたカサ・アジアの4階には無料で使える22台のコンピュータが設備されています。日本語、韓国語、中国語のホームページが見られるだけ ではなく、日本語などで打つことも出来ます。 そして、日本を始め、タイ、マレーシア、中国などの映画(DVD)も無料で見られます。 住所: Avinguda Diagonal, 373 アクセス:地下鉄、3号線、5号線 Diagonal 駅で下車、歩いて2分。http://www.casaasia.org/ カタルーニャ通り バルセロナのガイド・ブックを読んでも、Rambla de Catalunya について何も書いてありません。なぜかな? (注意:名所のランブラス通りと違いますよ!) 場所は新市街のグラシア通りに平行している通りです。おすすめコースは、カタルーニャ広場からグラシア通りを歩いて、カサ・バトリョ、カサ・アマトリエー、カサ・ミラを見学します。そして、Palau Robert まで歩きます(カサ・ミラから石を投げて届く距離です)。 ここから、ワン・ブロック南に進んで、カタルーニャ通りに着きます。ゆっくりとテラスでお茶を飲んだり、ウインドー ショッピングをしたりして、カタルーニャ広場の方に戻って行きます。 ディアゴナル通りからカタルーニャ広場まで、説明しましょう。 (簡単に言えば、山の方から海の方まで) カタルーニャ通りの真中の広い歩道にはプラタナスの下にカフェ・テラスがたくさんあります。 (下記の偶数の数字は左側にあって、奇数の数字は右側にあります) 最初に126番にある区役所を見ます。4階建てのモデルニスム建築の建物で、3階のバルコニーは特に面白いです。そして、青い空にくっきりと浮かび上がっ ている櫓(やぐら)も素晴らしいです。正門の上にある石の彫刻も必見で、本当に見事な建物です。 125番の建物の壁には絵が描いてありますし、バルコニーは錬鉄の柵に囲まれています。 角の119番の「 Bopan 」というお店は美味しいパン、チーズ、出来合いの料理などを売っています。お店の天井にある小さなステンドガラスの丸天井はきれいです。お茶を飲みなが ら、見学するのはどうでしょうか? 歩き続くと、右にある建物は14、15世紀の教会で、19世紀の終わりまでバルセロナ旧市街にありました。しかし、20世紀の始めに石一つずつ運んで、建 物ごと移動しました。 Mallorca 通りを渡ると、84番のモデルニスム建築の Hotel Windor はきれいな正面で、新市街によく見かける錬鉄の 柵に囲まれているバルコニーもあります。 78番には正門、ガラス張りのバルコニーを見てみましょう。 建物の一番上は面白い形をしています。 Arago 通りを渡る前に、右の角にある古いショー・ウィンドーは少し珍しいですよ。缶詰、ガラス鉢や広口瓶がたくさん展示されていて、面白い食料品店です。アルゼ ンチンのお茶、アスパラガス、ツナ、オリーブなどが売っています。 角の建物の飛び出している丸いベランダからは歩行者天国の眺めはいいでしょう! 反対側の54番も見てみましょう。ステンドガラスで飾っている木造の広いベランダがあって、壁に絵が描いてあります。 47番の1階にある Muxart は有名なブランドのお店(靴、ハンド・バックなど)です。 Consell de Cent 通りを渡ったら、生け垣に囲まれているテラスはとても居心地いいです。La Catalana というレストラン・バーのテラスです。少し疲れていたら、お食事でも、お茶でも、どうぞ... カタルーニャ通りを歩いている人の中に33番の建物の一番上の石の像と大型の壷に気が付く人は多いでしょうか? 27番、25番、23番は20世紀の初頭に建てられた建物です。 ここもバルコニー、高級なガラス張りのベランダ、屋根の下のフリーズも必見です。27番の1階には Excellence という本屋さんがあります。 Gran Via de les Corts Catalanes に着くと、通りの真中にある大きな噴水はロータリーになっています。4つの像からお水が流れていて、赤い花がたくさん咲いています。角の Casa Pia Battlo (1891-1896)には二つのすらりとした櫓も付いています。 長さ1キロぐらいのカタルーニャ通りの両側にシックなお店があります。ショッピングにぴったりだと思います。 そして、通りの真中は歩行者天国になっていますので、テラスがたくさんあって、大体アコーディオンを弾く人もいます。 高いプラタナスがたくさん植えていますので、夏でも涼しいところで、プラタナスとプラタナスの間に快適なベンチもたくさん用意されています。その上、オル ド・スタイルの鉄製の街灯がたくさんあります。 私はこの通りの雰囲気がとても好きです。ミドリが多くて、お洒落なスペースで、今だに少しベルエポック(20世紀初頭)の感じがします。最後に、強いて言 えば、グラシア通りには観光客が多くて、カタルーニャ通りにはカタラン人が多いです。 アクセス:地下鉄、3号線、5号線 Diagonal 駅で下車、歩いて2分。アクセス:地下鉄、2号線、4号線 Passeig de Gracia 駅で下車、歩いて3分。 関連ワード: ショッピング = ホテルオルタ公園 ![]() オルタ公園(Horta)はバルセロナの郊外にありますが、地下鉄で簡 単に行けます。どんなガイド・ブックにも載せていませんので、バルセロナ市民しか知りません。オルタ公園はそんなに広くないですが、バルセロナの公園の中 で一番きれいだと思います。 バルセロナの環状線の向こうにあるオルタ公園はコルセロラ山の麓に広がっています。バルセロナのもっとも古い公園で、18世紀の新古典主義の代表的な公園 です。1791年にDesvalls 侯爵の世襲領に建てられて、イタリア人の Bagutti 建築家によってデザインされました。 しかし、維持困難のため、Desvalls の子孫は1971年にバルセロナ市に土地を譲渡しました。 公園の9ヘクタール中8ヘクタールは整備されています。残りの1ヘクタールは地中海式気候の林です。 公園に入ると大きな家とクジャクがいる庭が見えます。その後ろ、広い階段を上がって、最初の広場に着きます。バルセロナで有名な糸杉で作っている迷路の入 り口があります。皆は楽しいムードで迷路の真中にある噴水まで正しい道を探しています。子供だけではなく大人もたくさんいますよ! 私は15分ぐらいうろうろしました... とても楽しいですので、是非入ってみて下さい! 迷路の上にある広場には神話の像を保護している二つの柱8本の寺院、大きな壷、彫刻と噴水があります。一番上の広場に池と滝も作られています。その後、ロ マンチックのプロムナードという散歩に行けます。 噴水、滝、花、高い木、本当に快適なところです。ベンチも多いので、訪問客はノンビリしながら、家族や友達と話しています。 公園の改装は1993〜1995年の間に、EU ヨーロッパ連合の基金でおこなわれました。 アクセス:地下鉄、3号線、 Mundet 駅で下車。歩いて8分ぐらい。( Velodromo の交通標識に沿って歩いて下さい) 入場料:1.85ユーロ(但し、水曜日と日曜日には無料)。 バルセロナ市内ビーチ 夏にやっぱりビーチに行きたくなりますね。バルセロナ市内のビーチを紹介しましょう。 バルセロナ旧市街から Port Vell 港に向かいます。そして、カフェ・テラスやレストランがたくさん並んでいる Passeig Joan de Borbo 通りに沿って奥まで歩きます。 Passeig Joan de Borbo の突き当たりを左に曲がって、最初のビーチPlatja de Sant Sebastia がすぐ見えます。カタラン語で platja はビーチのことです(因みにスペイン語は playa で、フランス語は plage です)。 旧市街からこのビーチまでは歩いて30分ぐらいかかります。 北の方に歩きつづけたら、次ぎは Platja de la Barceloneta に着きます。 海岸通りにはベンチがたくさん有り、砂浜には数本のパームツリーが生えています。 その後、新しい港に着きます。Port Olimpic は1992年のバルセロナオリンピックの時に建てられました。1万5千人の選手が泊まれる44階のタワーがふたつ建てられ、新しいヨット・マリーナも建設 されました。 ホテルと事務所に改装されたタワーの屋根からよく晴れた日にマヨルカ島が見えるらしいです。 マリーナの回りに魚介類とシーフードのレストランが数えられないほどたくさんあります。ここで、海から吹いてくる心地よいそよ風がヨットのマストに当たっ てロープをちりんちりんと鳴らすのを聞きながら、ロマンチックな夕食をしませんか? 歩きつづけると、順番に Platja del Bogatell、Platja de la Mar Bella、Platja de la Nova Mar Bella に行けます。(注意:Platja de la Mar Bella はヌーディスト・ビーチですよ) 地下鉄 4号線はビーチに平行して走っていますので、歩いて往復は出来ない方は、地下鉄に乗って、旧市街にすぐ戻れます。駅(北から南へ)は Selva
de Mar、 Poblenou、 Llacuna、 Bogatell、Ciutadella-Vila Olimpica、Barceloneta 駅です。 一年中、泳ぐ人もいますが、大体5月から9月末まで、ビーチは千個のパラソルでカラフルな景色になります。その時本当に賑やかな海岸です。夏にはアイスク リーム、飲み物、ポテトチップなどを売っているキオスクとお手洗いがたくさん設備されています。ビーチを監視している救助員(ライフガード)もいます。 冬には静かなところで、ジョギングをする人、犬と散歩する人、弱い太陽光線を楽しむ市民は少なくないです。私は夏の明るい雰囲気も冬の穏やかな雰囲気も大 好きです。 簡単に都会から海まで行ける事も、バルセロナの面白いポイントだと思います。 副司教館 ![]() Casa de l'Arcadia (副司教館)は 12世紀にカテドラルの前に建設されました。この石の建物は 4世紀にローマ人によって建てられた城壁の上に建てられました。そして、15世紀に Luis Desplia 副司教は自分自身の地位に見合った屋敷に住みたかったので、この建物を拡張し、同時にゴシック様式にしました。 この建物は19世紀に一般市民に購入されました。改装がおこなわれ、1895年にバルセロナ弁護士の学校になりました。 1902年に Lluis Domenech i Montaner 建築家は正門の右にある有名なポストをデザインしました。この大理石のポストは旧市街の必見だと思います。郵便物を入れるところにツバメ5匹と亀一匹が彫 刻されました。建築家のアイデアは次のようでした: 郵便物を待っている人はツバメの飛ぶ速さで郵便物が届いてほしいですが、実際に読みたい手紙は亀ののろのろスピードで届いてしまいます。 1919年にバルセロナ市はこの建物を取得し、 Josep Goday 建築家によって修復がまた始まりました。そして、後ろにあるカテドラル通りを開通した時、城壁にもたせかける家々は取り壊されました。 現在、Casa de l'Arcadia はバルセロナの市立古文書館として使われています。 長方形の小さな中庭の壁に1920年に置かれたタイルはきれいで、真中のルネサンス様式の噴水はポコポコと音を立てます。 高いヤシの木が二本生えています。門の左にある階段で、2階の静かなバルコニーにも行けます。 20時まで、建物の中にも入ることが出来ます。広い空間で城壁の内装も見えるし、1929年に開催された万国博覧会の小さな展示室もあります。 1955、1962年に司教館の外観はまた改装されました。 Corpus Christi 祭り(5月15日から18日)にこの中庭がお花で飾られ、噴水から噴出す水の上に平衡のとれた卵が踊っています。 この建物と Santa Llucia チャペルの間でソプラノや音楽家がよく演奏します。 アクセス:地下鉄、4号線 Urquinaona 駅で下車、歩いて5分。アウグスト寺院の遺跡 ![]() ローマ人は紀元前 218 年にイベリア半島(スペインとポルトガル)にやってきて、いくつかの町(アンプリアス、ジェルンダ等)を設立しました。 当時、タラゴナがイベリア半島の主な街になり、小さなバルセロナは「バルスィノ」と呼ばれていました。 ご存知の通り、ローマ人はいつも町の一番高いところに一番重要な寺院を建てました。バルセロナ旧市街にある標高 16.9 メートルの Taber の丘はバルスィノの一番高いところでしたので、ローマ人に選ばれて、アウグストの寺院がそこに建設されました。 今、21世紀になって、この Taber の丘はカテドラルの後ろにあり、Paradis 通りがこの丘を横断しています。 細い Paradis 通りを歩いたら、Taber の丘の低い頂上まですぐ行けます。 Paradis 通りの10番(角の門)に入りましょう。中庭の右手に1870年からカタルーニャ登山協会の事務所があり、その後ろにアウグストの寺院の遺跡が堂々とそび え立ちます。 アウグスト寺院はローマ人によって紀元前1世紀に建設されたと言われ、 バルセロナのもっとも古い建物です。 コリント式円柱4本とその上にあるアーキトレーブ(台輪)しか残っていませんが、奥の壁にある説明を見たら、ローマ時代のこの寺院の外観を想像出来ます。 高さ9メートルの円柱はモンジュイックの丘で切られた石で作られているらしいです。ローマ時代に儀式は決して寺院の中ではなく、常に寺院の前で開催されて いました。 前の広場は、台座に置かれていた石の像や著名な市民を記念する碑文などで飾られていました。 この寺院はアゴラ(古代ギリシャの市民の広場、集会場)の近くに建設されて、この近所に町の一番重要な建物(政治、行政と宗教的な建物)がありました。 そして、ローマ時代の町に必ずあったデクマヌス(東西の通り)とカルド(南北の通り)の道路はこのアゴラで交差し、町全体は城壁に囲まれていました。 14世紀に、このアウグスト寺院の遺跡は別の建物に含まれ、そのため、現代まで保護されたと言われています。 20世紀初頭に、オーナーは自分の家を改築しようと考え、ローマ時代の円柱を彼の故郷 Canet de Mar に運ぼうと思いました。 が、Josep Puig i Cadafalch 建築家は昔の寺院の建計図を丁寧に描き、この昔の寺院の評価を知ることが出来ました。結局、1903年から1905年まで、 Lluis Domenech i Muntaner 建築家はローマ遺跡を修復しました。 Llibreteria 通りの建物を取り壊した時、現れた柱の部分で一本の柱が再建されました。そして、1850年から戸外で王の広場にあったこの一本の柱はやっと1956年に 元の場所に戻されました。 この寺院の遺跡を見ると、バルセロナは本当に長い歴史を持っていることをはっきり意識します。 住所:バルセロナ旧市街: Paradis 通り、10番。 アクセス:地下鉄、4号線 Jaume I 駅で下車、歩いて4分。門を超えて、中庭の奥まで歩きます。壁に「Columnes romanes」の看板が見えて、右の階段を下がります。 開館時間:10時00から19時30まで(日曜日は14時00まで) 入場料:無料。 サン・アンドレウ地区 観光客が行かない地区を訪れたら、現地の雰囲気をたっぷり楽しむことが 出来ます。今回、バルセロナの中心地の少し北にある San Andreu 地区を紹介しましょう。 バルセロナ中心地から地下鉄1号線に乗り、Sant Andreu 駅で降ります。 出入口は二つありますが、「 Pl. d'Orfila 」出口で駅を出ます。 地下鉄駅を出ると、「え?もう郊外にいますか?」と思う人もいるでしょう。 しかし、1896年まで独立していた Sant Andreu 町は田舎の雰囲気を保護したにもかからわず、今はバルセロナ市の一つの地区です。 1850年、Orfila 広場の前に教会を建てました。 Parroquia de Sant Andreu de Palomar 教会の横の石畳になっている通りを歩いて、後ろにあるプラタナスの木が植えている静かな広場は南ヨーロッパの感じです。近郊電車が止まる駅があり、カ フェ・テラスも2,3軒あります。 地下鉄駅がある広場まで戻って、左に曲がって、100メートルぐらい歩道を歩いたら、噴水がある広場、公園と池があり、真中にある建物はこの地区の図書館 です。 地下鉄の出入口があるところまでまた戻って、教会に面している建物は、以前、 Sant Andreu の市役所でした。 現在、区役所で、屋根にある旗はそよ風にはためいています。 その建物の左にある細い道 C/ de l'Ajuntament を通って、Comerc 広場にすぐ着きます。 Canyelles というところから来ているお水の噴水は広場の真中にあります。 家々に水道がなかった時代に市民が集まる噴水でした。 市場がある日(毎月第1、第2土曜日)にはComerc 広場は現地の人々で溢れています。 この広場の建物に大きな時計があり、そして、向こうの壁にミロの天才を褒めたたえる小さな看板もあります。ミロの誕生日100年を祝った時、この地区に住 んでいる市民はこの看板を取り付けました。 しばらくの間休憩するのに、76年前から営業している Versalles というレストラン・バーはお薦めです。 1階にレストランがあるこの建物はきれいな建築です。正面の上まで模様が伸びていて、全てのバルコニーの下はカラフルなセラミックで飾られています。 横にある細い石畳になっている道 C/ de Pons i Gallarza (ベンチや木がたくさんあり)を歩いて、右にある二つ目の道( C/ de Cerda )に入りましょう。 木5本が並んでいるこの石畳になっている道は中世に作られ、パステルカラーの家が街の景観を明るく彩っています。この田舎風の景色はバルセロナ市内の道だ と信じがたいです。 この道は行き止りなので、もと来た道に戻りましょう。 C/ de Pons i Gallarza をもう少し歩くと、C/ Basconia (右にある三つ目の道)に着きます。この通りの69番にある田舎風の家の壁に「昔、この通りは聖 San Ignacio de Loyola を奉納しました」というセラミックの看板があります。 次の角で、右に曲がると、お年よりがペタンク(金属の球を交代で転がして標的に当てるゲーム)を遊ぶスペースがあります。 ここから歩いて 5分で行ける C/ de Grau 通りも面白いです。 ペタンクのスペースを見た時、次の交差点まで進んで、左に曲がります。 この C/ Matagalls をまっすぐ歩いて、Maria Brossa 広場を横断して、C/ la Segarra を歩きます。C/ la Segarra の突き当たりで、左に曲がって、C/ d'Agusti i Mila を歩いて、右の次にある C/ de Grau に入ります。 この道の右は庭で、左には2階建ての田舎風の家があります。 56番と58番の家の前の庭は面白いですよ。市民が作ったバルセロナやカタルーニャの大建造物のミニチュアを見ることが出来ます。 最初に門の上にドラゴンを殺している聖ジョルディ(バルセロナの守護聖人)がいます。そして、サグラダ・ファミリア、カサ・ミラ、騎馬、ダリの絵、地中海 岸の村、ピレネー山脈のロマネスク様式の教会、1992年のオリンピックの輪などのミニチュアがサボテンの植木蜂、セラミックの柱と貝で飾られている柱の 間で見えます。この「 Catalunya en petit 」(小さなカタルーニャ)を作るのに時間がかかったでしょう! Comerc 広場に戻りましょう。最後に Mercadal 広場が必見です。 アーケードに囲まれている屋根がある市場( Mercat de Sant Andreu )はカラフルで、新鮮な果物、野菜、魚などが売られています。お買い物をどうぞ... 注意:昼寝時間を絶対避けて下さい。 このコースには有名なところがありませんが、2〜3時間で、普通の市民が住んでいる地区を見たい人にお薦めします。 たくさん現地のレストランがありますので、昼食をとるのはいいアイデアだと思います。日帰り定食メニューは安く(7.30ユーロから)、他の観光客と会わ ないでしょう! アクセス:地下鉄、1号線 Sant Andreu 駅で下車、すぐ。Petrixol 通り バルセロナのゴシック地区の面白い細い道を是非通ってほしいです。 ピ広場から Portaferrissa 通りまで横断する Petrixol 通りは観光客にあまり知られていません。この道の魅了は建物の壁を飾っているセラミックです。数えられないほど多くて、この道の歴史、この道に住んでいた 有名人などを語っています。セラミックに書いてある文書はもちろん全部カタラン語ですよ! 昔、車や馬車が通らないように道の真中に岩が置いてありました。 Petrixol はこの岩の名前から来たらしいです。 この道に住んでいた人は劇作家 Angel Guimera 、エッセイスト Pius Gener と科学者 Sala i Campillo でした。 ところで、近くの Plaza de Sant Josep Oriol に Angel Guimera (1845-1924)の像が見えます。 1814年に住んでいたマドリッド出身の Moratin は「この道路はひどく汚い道だ」と手紙で書いたため、名前をセラミックに記載されませんでした。 そして、この道には面白いお店もあります。 11番にある La Pallaresa はお薦めの Granja (カフェ・バー)です。 朝食をとるのに、最高!Melindros、Ensaimada、Xocolata Espanyola、Mato de Pedralbes などは是非味わってほしいです。 Sala Peres はバルセロナの一番古いアートギャラリーで、ハイカー専門のカタルーニャ風の Queria 本屋さんも必見です! そして、先ほど書いたピ広場の市場を忘れないで下さい。 毎週、金・土・日曜日(11時〜21時、昼寝時間:休憩)に職人が作るチーズ、蜂蜜、カタルーニャのソーセージ、ケーキなどが売られています。 小さな市場ですが、見るだけで田舎の雰囲気をよく楽しめます。 サンタ・マリア・デル・ピ教会(「ピ」はカタラン語で「松の木」の意味で)に入ったら、いかが? シンプルな教会ですけど、ばら窓はヨーロッパの大きなばら窓の中の一つです。時々、パイプ・オルガンのコンサートも開催されます。 アクセス:地下鉄、3号線 Liceu 駅で下車、歩いて3分。Ciutadella 公園 ![]() バルセロナの一番広い公園(30ヘクタール)は Ciutadella 公園ですが、行くツーリストは比較的に少ないです。ゴシック地区またはラ・リベラ地区からすぐ行けますので、バルセロナの滞在中この公園に寄ったら、いか がですか? 大きな入口が二つあり:フランス駅の近くの門と煉瓦の凱旋門の方の門。 西にある凱旋門から来ると、門の近くにきれいな街灯と柵が見えます。 スペイン王フェリペ5世の在位(1716〜1727年)の時、ここにはスペイン中央政府の軍隊の要塞がありました。最初に、治安と安全性の維持する軍人の ために建てられましたが、その後、この要塞は刑務所になりました。 バルセロナに住んでいた人はスペイン中央政府の圧迫を象徴していたこの要塞が嫌いでした。1878年にプリム将軍の命令でこの要塞がやっと取り壊されまし た。プリム将軍を忘れないように、フランス駅の近くの入口に馬に乗っているプリム将軍が堂々と公園の門を見守っています。 1888年にバルセロナの最初の万国博は広い空地になったこの土地で開催されました。 現在、フェリペ5世の時代から残されている建物は1727年に建てられた武器倉です。改装されて、1932年にカタルーニャ州の国会として使い始めまし た。でも、1939年(フランコ独裁者の時代)に閉会されて、再び、1980年に開会しました。この建物でカタルーニャ州の法律か決められています。 よく考えたら、現在カタルーニャの国会になっている建物は、昔カタルーニャ州を圧迫していた軍隊の建物でした。矛盾ではないですか? (カタルーニャ州国会の見学:月・火・金、10時〜11時、午後4時〜6時) カタルーニャ州の国会の前には1917年にフランス人の J.C. Forestier によってデザインされた庭があります。卵形の池の真中に Josep Llimona の「 Desconsol 」という有名な石の像(1903年)が配置されました。 1888年の万国博の時代から残されている建物はいくつかあります。 動物博物館になった旧カフェ・レストランはガウディのライバル Lluis Domenech i Montaner によって建設された煉瓦の建物です。この建物のニックネームは「3頭のドラゴンのお城」で、建てるのにたった3ヶ月しかかかりませんでした。 この博物館の前に「子供たちの噴水」が有り、この公園の一番きれいな噴水だと思います。1882年に Josep Reynes によってデザインされ、壷、花と子供の像で飾られています。 この Ciutadella 公園には地質学博物館もあり、化石と鉱物を展示するこの博物館はバルセロナの最初の博物館でした。 http://www.bcn.es/museuciencies 鉄のストラクチャーの温室の El Hibernacle(1884年)ではコンサートが開催されます。その近くに煉瓦の El Umbracle(1883〜87年)には熱帯の国の植物が植えられています。 この公園には1892年に落成式が行われたバルセロナの動物園もあります。バルセロナの象徴になった Joan Roig i Sole の「傘を差す女性」という像(1885年)もこの動物園に設置されました。 去年の春になくなった「コピト・デ・ニエベ」という白いゴリラはこの動物園の有名な動物でした。(バルセロナで売られている絵葉書をよく見たら、彼の写真 はよく出ています) http://www.zoobarcelona.com/ この Ciutadella 公園には湖もあり、1982年から小船を借りることが出来ます。 湖の側に石で作られている本当のサイズのマンモスも見えますし、そのすぐ隣にモニュメントに囲まれているものすごく大きな滝があり、下にはかもが遊んでい る池があります。 建設にガウディが少しだけ手伝ったらしいこの滝は Josep Fontsere の作品で、1992年に修復されました。 前の広場にはコンサートが出来る丸い舞台も設置され、あなたも公園に行った時、イベントなどが鑑賞するでしょう。 Ciutadella 公園はただの公園だけではなく、歴史的なところで、様々な像で飾られているし、有名な建物もたくさんあります。ベンチも多いので、旧市街をしばらくの間忘 れて、のんびり出来るみどりが多いところです。 僕のお薦めは朝、ラ・リベラ地区とボーン地区で観光して(ピカソ美術館、海の聖母マリア教会など)、その後、この地区でサンドイッチを買って、 Ciutadella 公園のベンチで食べに行きます。こういうみどりがたくさんあるところで食べると、もっと美味しくなりますよ! http://www.bcn.es/ アクセス:地下鉄、1号線 Arc de Triomf 駅で下車、歩いて8分。サン・パウ病院 ![]() 20世紀初頭まで、バルセロナで一番広く大きい病院は旧市街にありまし た。 19世紀中ごろから、バルセロナの人口がどんどん増えてきて、この古い病院は小さくなってしまいました。 パウ・ヒル ( Pau Gil / 1816-1896) という銀行家は亡くなった後、当時の郊外に新しい病院を建てるようにと、バルセロナ市に対し高額の寄付をしました。しかし条件が一つあって、それは彼の名 前を新しい病院につけることでした。 建築家ルイス・ドメネク・イ・ムンタネー(ガウディのライバル)によって1902年に新しい病院の建設工事が始まりました。ドメネク・イムンタネーはヨー ロッパの有名な病院を訪れ、見学し、使いやすい病院を建設しようとしました。 サウ・パウ病院の正門前に到着すると、教会みたいな建物が見えます。 この建物は1905年から1910年までに建てられた病院の事務所です。石の彫刻、鉄の飾り(街灯など)、セラミックなどで造られており、モデルニスモ建 築です。外の壁にある大きなモザイクは旧病院の物語を描いたものです。 正門をくぐると右には緊急用の待合室があり、左奥のドアの周りには修道女と神父さんの像が置いてあります。20世紀まで、プロの看護婦さんはいなくて、患 者さんの面倒をみていたのは皆、修道女でした。 中庭に入ると右は男性の病室、左は女性の病室、真中にある建物は(今も)手術が行なわれる建物です。この真中の建物の上はセラミック(デザインは旧病院の お医者さんの名前)で飾られています。 48棟の建物を建てるはずでしたが、資金が足らなくなり、結局18棟しか建てられませんでした。各棟は3つの部分に分かれています。 - 丸くて、大きな部屋、昼間に患者さんが集まるところ。 - 四角の部屋(診察など)。 - お水のタンクがあるきれいなやぐら。(今はお水がありません) 全てのパビリョン(棟)は地下の通路で繋がっています。通路は全てで長さ5キロもあるらしいです。寒くなっても、患者さんがパビリョンから手術室などへ簡 単に行けるようになっています。 19世紀、20世紀初頭の問題は「衛生と伝染病」でした。バルセロナでは風はいつも海から吹いてきますので、海の方のベッドの患者さんは伝染性の低い人、 丘の方に入院している患者さんは伝染性の高い人でした(伝染病が風で広がらないように)。 また、サン・パウ病院の全ての建物は一日中、太陽が当たるように考えて造られてあり、回りのバルセロナ新市街の建物とは平行でなく、45度の角度に建って います。 建物の屋根をよく見て下さい。煙突が多いと思いませんか?この煙突は暖房のための煙突ではなく、新鮮な空気がたくさん入るように作られたのです。 一番奥の建物は以前は、修道女の宿舎、薬局、調理場用の建物でした。 もう一つ注目してほしい箇所があります。この病院の建物の壁には P と G(これはもちろん Pau Gil の意味)の文字がたくさん彫刻されています。 しかし、正門からみて、一番奥の右にある建物には P と G の文字がまったく見当たりません。何故でしょ? この建物は Pau Gil の寄付金で建ったものでないからです。 1997年にサン・パウ病院は世界遺産に認定されました。 サンパウ病院は今も病院として使われています。サンパウ病院に行くと、観光客、看護婦さん、見舞客、患者さんが院内を行き来しています。少し不思議なとこ ろです。 アクセス:地下鉄、5号線 Hospital de Sant Pau 駅で下車、歩いて2分。http://www.hspau.com/ リセウ劇場 世界で注目されるオペラ座はいくつかあります。その中に、バルセロナの リセウ劇場が含まれています。 19世紀に繊維と織物のお陰でバルセロナは栄えた街になり、そのお陰でプチ・ブルジョワが多くなりました。これらのプチ・ブルジョワの寄付金でリセウ劇場 が建設され、1847年にオープンしました。 19世紀の終わりにオペラが始まっても、ホールの照明は付けっぱなしでした。プチ・ブルジョワは素敵な宝石を持って、一番前のバルコニーに座っていまし た。皆を見る事も、他人から見られることも大事でした! (現在、ショーが始まると、ホールは暗くなります...) 1861年に火事があり、リセウ劇場を再建するのに1年間ぐらいかかりました。そして、この劇場はプチ・ブルジョワの寄付金で建てられたので、無政府主義 者に嫌われていました。1893年に、無政府主義者によって、テロ事件があり、14人は爆弾で亡くなりました。 運悪く、1994年にまた火事があり、ランブラス通りに面している部屋以外、全部焼けました。今回の修復は10年間ぐらいかかりました。 火事をきっかけにして、リセウ劇場は地面から修復されました。メインホールは旧劇場をそっくりそのまま修復しました。そして、舞台裏は新しい技術を利用 し、現代の安全規準に一致しました。 以前、舞台裏は建物の面積の30パーセントでしたが、現在、劇場の70パーセントになりました。新しく建設された場所は、ほとんど全部舞台裏、つまり技術 的なところです。以前、舞台は1万2千平方メートル、現在3万5千平方メートルになりました。 パリのオペラ・バスティーユがオープンする前まで、リセウ劇場はヨーロッパの一番大きなオペラ座でした。現在、バレエ、クラシック音楽、オペラとドラマが 頻繁に上演されます。 この劇場のメイン・ホールは馬蹄形で、主な色は深い紫と金色です。 バルコニーは5階まであり、音響はとてもいいです。 この大ホールは2292人を収容します。各座席の前に小さな画面があり、全てのオペラは元々の言葉(ドイツ語又はイタリア語)でおこないますので、画面で 翻訳(カタラン語、スペイン語、英語)を読むことが出来ます。 メイン・ホールの天井も素晴らしい!真中にあるものすごく大きな照明の周りに8つの丸い絵があり、オペラが始まると、この8つの絵の中の4つが回転して、 舞台を照明するスポット・ライトが現れます。 この劇場で上演したアーティストはカタラン人の Monserrat Caballe (モンセラット・カバリェ、ソプラノ)、Jose Carreras (ホセ・カレラス、テノール)、Victoria de los Angeles (ビクトリア・デ・ロスアンヘレス、ソプラノ)、そして、スペイン人の Placido Domingo (プラシド・ドミンゴ)などでした。 休憩時間に皆は2階の鏡の部屋に飲みに行きます。この部屋の天井も素晴らしくて、大きな絵画で飾られています。周りの壁には大きい鏡が掛けられてあり、そ の上に文章「芸術には国境がない、等...」が書いてあります。文書が書かれた時代、カタルーニャ州は公の場所でカタラン語の使用は禁止されていました。 全ての文章はスペイン語で書かれま した。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - そして、同じ建物にあるリセウ・サークルも是非見に行って下さい。 火はここまで来ませんでしたので、ずっと前から残されている部屋に入ることが出来ます。有名なカタラン人の Ramon Casas 画家の絵画もたくさん見れますし、モデルニスム建築の部屋は素晴らしいです。 モデルニスム建築のエレベーターも必見です!素敵! このサークルはとても排他的なクラブで、女性の方は非常に少ないです。このリセウ・サークルの会員になるためにすでにメンバーである4人に紹介されなけれ ばなりません。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - さぁ、オペラやバレエを見に行きましょう! ご料金は7ユーロから170ユーロぐらいまでです。 注意:7ユーロの座席は舞台が見えない座席ですよ! カジュアルな服装でも大丈夫です。 リセウ劇場の見学(英語、スペイン語のツアー): 専門ガイド付きのツアーは朝の10時に出発します。45分ぐらいかかり、リセウの大ホール、鏡の部屋とメイン階段が見学出来ます。 ツアーのご料金:劇場のみ:6ユーロ、 劇場とリセウ・サークル :9ユーロ。 アクセス:地下鉄、3号線 Liceu 駅で下車、すぐ。http://www.liceubarcelona.com ペドラルベス修道院 ![]() バルセロナ市内、少し西南郊外の方にあります。ペドラルベス修道院の中 庭回廊はとてもきれいです。修道院をめざして行くと、教会はプラタナスのある広場の横にあります。 1327年にモンカダ朝のジャウマ2世王妃エリセンダはこの修道院を建設したいと願い、ジャウマ2世王は王妃の計画に応援し援助してこの地に建設されまし た。その時から今もなお現在まで修道女達はここに住んでいます。 ペドラルベスはラテン語で「白い石」を意味します。1326年に教会の最初の石が据えられ修道院の建設が始まり、一年後には、最初の修道女達がここに越し てきました。彼女達は修道女としてとても厳しい修行の日々を送りました。毎日の生活はお祈りとレースを作ることでした。 この建物はカタラン・ゴシック様式で、中庭回廊は3階からなる建物で囲まれています。本当にとても美しいところです。王妃は王様が亡くなると、この修道院 に自らも入り亡くなるまでここに住んでいました。 教会の中にエリセンダ王妃のお墓があります。教会側から見ると、王妃のお墓(棺)の彫刻は王妃の服を着ていますが、同じお墓を中庭回廊側から見ると、王妃 は修道女の服を着ています。中庭回廊の1階と2階にはたくさんの 礼拝室があります。(2階に行く階段は修道院の入口の反対側です)庭にはきれいな小さな池、高い木々(びわの木もあります)や井戸もあります。静かでとて も落ち着いたところです。 建物のいたるところにペドラルベスの紋章が彫刻されてます。エリセンダ王妃の紋章は八つのマル、そしてジャウマ2世の紋章はカタルーニャの旗(つまり4本 の線 )でした。王様と王妃によって、この修道院が建られたので、王様の紋章と王妃の紋章を半分ずつで、ペドラルベスの紋章が定められました。教会の門の上、中 庭回廊の柱の上、壁などいたるところに見かけられますので、訪れられる時は注意して見てください。 2階に絵画と彫刻が展示されています。かってこの場所は修道女達の広い寮でした。時代により建て直されてきましたが、現在はまたかっての建築に戻されてい ます。修道女達が食事をした食堂も見学出来ます。食堂に入るドアの上に小さなが鐘があって、食事の合図に鳴らされました。食堂に入る前に鐘を見て下さい。 食事の間中、一人の修道女が聖書を読み続け、それを聞きながら修道女達は黙って質素な食事をいただきました。 地下室も見学出来ます。一番奥の部屋にはイエスの誕生からの人生を表した模型が数多くあり、どれも遠近法と光がうまく使ってあって、見ている私達がまるで 同じ時代にその場所にいたのではないかと思わせるほどよく出来ています。 中庭回廊に戻って、次の右のドアをくぐるとそこは昔の病室です。4つ部屋があり、病気になった修道女はこの部屋で休んでいました。病気になった修道女には 特別の食事(お肉も)が与えられました。どこからかミサの合唱が聞こえてきます。 最後の大きな部屋は、Sala Capitular 、つまり修道女達が集まって修道院の日常問題について話しあった部屋です。この部屋の奥には1420年に作られたきれいなステンド-グラスが壁を飾ってい ます。 この修道院を訪ねる時は時間に余裕を持って出かけてください。入ると回廊が素敵で外に出たくなくなるに違いないからです! http://www.museuhistoria.bcn.es/ 教会の見学:11時〜13時、17時30分〜20時 入場:無料 中庭回廊の見学:10時〜17時 入場料:4ユーロ ペドラルベス修道院へのアクセス: ⇒ バスの場合: Plaza de Catalunya から 22番バスに乗る:大体:10分毎に1台 Monestir Pedralbes バス停で下車。 所要時間:40分ぐらい、片道:1.15ユーロ。 ⇒ FGC 電鉄の場合: Plaza de Catalunya から U6 線に乗る:大体:10分毎に出発 Reina Elisenda 駅下車。所要時間:15分ぐらい、片道:1.15ユーロ。 カテドラル バルセロナ旧市街にあるカテドラルはゴシック地区の象徴でもあり見逃せ ない場所です。 このカテドラルは2度にわたって建て直されています。最初の建物は西ゴートの寺院でしたが、985年にイスラム教徒によって破壊され、その後11世紀にロ マネスク様式のカテドラルとして建設されました。そして、今のゴシック様式のカテドラルは13世紀の終わりから15世紀にわたって建設されました。 初めてカテドラルに入った人はその大きさでまずびっくりします。 (長さ93m、幅40m、高さ28m) カテドラルの真中に coro (コロ)があります。コロは壁に囲まれたスペースのことで、スペインのカテドラルにしかありません。このコロは1459年にクワの木で作られました。ここ は聖職者が座るところです。 時代によって聖職者の人数は変わりましたので、40人から200人まで収容しました。1519年には金羊毛騎士団がこのカテドラルに集まりました。その 時、コロの壁に金羊毛騎士団のメンバー(ヨーロッパの王様と女王など)の紋章が描かれました。 コロに座ると、同時にカテドラルの祭壇と祭壇の下にあるサンタ・エウラリア(聖女エウラリア)のお墓を見ることが出来ます。 サンタ・エウラリアはこのカテドラルの守護聖女で、西暦4世紀にバルセロナ郊外に住んでいた女の子でした。ローマ皇帝ディオクレティアヌスがキリスト教を 禁止した時、その女の子はバルセロナに来て、この地方を統治していたローマ人に会い「なぜキリスト教が禁止されたのか?」と質問しました。その後、彼女は ローマ帝国の軍人に殺されました。 16世紀になって、サンタ・エウラリアの受難がコロの大理石外壁に刻まれました。4つの場面が描かれています。左から:まずサンタ・エウラリアがこの地方 を統治していたローマ人に質問してる場面。次は彼女がムチでたたかれている場面。次は火あぶり、最後は十字架に掛けられている場面となっています。 16世紀に作られたカテドラルのパイプ・オルガンも見逃せません。普通中世のパイプ・オルガンはドイツ製またはオーストリア製でしたが、このパイプ・オル ガンはスペイン製で横パイプが付いています。 (ドイツ製とオーストリア製のパイプ・オルガンの場合は横パイプはありません) パイプ・オルガンの反対側の壁に二つのお墓がかけられています。これらはロマネスク様式のカテドラルを建てたバルセロナ公爵ラモン・ベレンゲー1世と彼の 奥方のお墓です。お墓の上にカタルーニャの旗が壁に描かれています。よく見ると、お墓にもカタルーニャの旗があります。 1058年、すでにカタルーニャ州は自らの旗を持っていました。旗の歴史は長いですよ! カテドラルの色彩豊かなステンドグラスは本当に見事です。一番古いステンドグラスは14−15世紀に作られました。特にブルーがきれいです! カテドラルの正門は19世紀に建てられましたが、設計図は14世紀に描かれたものです。一番高い塔は高さ70m あります。 1997年このカテドラルでスペイン王のクリスティーナ王女(国王の次女)の結婚式が行われました。 カテドラルの隣に中庭回廊がありますが、とても落ち着いたところです。 町の中心地にあるのに、町の音は全然聞こえてきません。この中庭回廊もゴシック様式です。この庭にはヤシの木、木蓮、セイヨウカリン(西洋花梨)、オレン ジの木が植えられています。角にある噴水の上に聖ジョルディ(カタルーニャの守護聖人)の小さな彫刻が設置されています。 その近くには13羽の鵞鳥。聖女エウラリアは殺された時13歳でした! 中庭回廊の床も興味深く面白いです。共同組合のお墓があって、パン屋さん、仕立て屋さん、長靴屋さんなどのシンボルが石棺の上に彫刻されています。 中庭回廊の角(聖ジョルディの噴水の反対側)に、サンタ・リュシア教会があり、入ることが出来ます。小さな教会で、ゴシック様式のカテドラルより30年早 く建設されたロマネスク様式の教会です。 バルセロナのカテドラル:開館時間: 午前:8時〜12時45分まで、 午後:17時15分〜19時30分まで(中庭回廊は19時00分まで) この時間帯は無料で入ることが出来ます。 12時45分〜17時15分まで有料(4ユーロ) ミサが行われている間は、観光をご遠慮ください。 ミサはスペイン語とカタラン語の順で行われます。 (これらについてはカテドラル内の時刻表をご参考ください。) アクセス:地下鉄、4号線 Urquinaona 駅で下車、歩いて5分。http://www.catedralbcn.org/ カタルーニャ音楽堂 ![]() 1891年にカタラン人のルイス・ミイェットは「オルフェオカタラ」と いう男性の合唱団を創立しました。その後、女性と子供の合唱団も創立され、数年後に練習が出来る場所が必要になりました。 ルイス・ミイェットは建築家ドメネック・イ・ムンタネールにカタルーニャ音楽堂のデザインを依頼しました。 修道院だったこの場所で1905年にこの素晴らしい建物の建設工事が始まり、3年後に、つまり1908年にカタルーニャ音楽堂が完成しました。 石の彫刻、鉄のモチーフとセラミックがあり、モデルニスモの典型的な建築です。 1925年に独裁者プリモ・デ・リベラの政権下のもとカタルーニャ音楽堂は一時閉ざされました。 その後1981年から1989年まで、大きな修復がおこなわれ、隣にあった教会が取り壊されました。そのお陰で、今、外からメイン・ホールの横のステンド グラスがきれいに見えます。 地下に600人が入るホール(Petit Palau、プチ・パラウ)も建設されました。 1997年にカタルーニャ音楽堂は世界遺産になりました。 カタルーニャ音楽堂に始めて訪れた時、「なぜこの素晴らしい建物がこんな狭い場所に建設されたか?」と疑問に思われるかもしれません... 理由は3つあります。1)合唱団の多くのメンバーはこの地区に住んでいました。そして、2)この土地は割と安かったし、3)広いライエタナ通りはその近く にありました。 19世紀の終わりごろにカタルーニャ音楽堂が世界遺産になると予測した人がいなかったからでしょうね! その結果、周りの建物は古いですし、音楽堂の前に はスペースがあまりないため、写真を撮りたい人にとってはとても撮リにくいです! カタルーニャ音楽堂の正面には彫刻、モザイク、柱付きのバルコニーがあります。一番上にある広いモザイクは合唱団を表現しています。 もちろん、カタルーニャ州の旗はモザイクの一番上にあります。その下にパーティーのクイーンが見え、沢山の男性と女性が歌っています。 4人の上半身が狭い道の上に張り出しています。この4人はバッハ、ベートーベンとパレストリナ(16世紀のイタリア人の作曲家)、そしてワーグナーです。 正面の2階にバルコニーがあり、14本の柱は全部違う花のモチーフのモザイクで飾られています。 ところで、ト音記号のセラミックもあります。見つけましたか? この建物は市民のために建てられたので、角の大きな石の彫刻は普通の市民を表現しています:子供、お年より、船員、商人など... さあ、メイン・ホールに入りましょう... メイン・ホールは2200人の観客を収容します。まるで庭のように建てられました。柱ですか?いいえ、木の幹です。向こうはステンドグラスですか?違いま す。大きな花ですよ! バルコニーを囲む鉄の柵は植物の茎?それともト音記号? 窓やステンドグラスが多いので、壁があまりありません。とても明るいホールです。建築家ドメネック・イ・ムンタネールのデザインです。メイン・ホールに 入った途端に、外に出たような気がしませんか? 実は庭に入りました。穏やかな庭。明るい庭。うっとりするような庭。 あぁ...大きな(石の)木もあります!木の下に3人の若い女性がいます。 彼女らはカタルーニャ地方の伝統的な歌から彫刻されました。 ホールの反対側にワーグナーのワルキューレの馬は壁から飛び出しているように見えます。 ステージの上にパイプ・オルガンが設置されていて、その下に18人のミューズが音楽を弾いています:ハープ、タンバリン、カスタネット、笛など... ミューズの上半身はテラコッタで彫刻され、スカートと足はモザイクで作られています。それらは面白い効果を出しています。 最後に、目立つ天井について話しましょう。太陽みたいなものすごく大きなステンドグラスは「 U 」の形をして、上から自然光がホールに入ります。とても上手な職人の作品だと思います。 世界で自然光で照明されているコンサート・ホールはこのカタルーニャ音楽堂だけです。 晴れている日に見学すると、ステンドグラスは素晴らしいカラーをあちこちに映します。見事な眺めです。 ジョセップ・カレーラス、カラヤン、モリース・ラベル、ムンセラ・カバリェ、ストラビンスキー、エラ・フィッツジェラルドなどカタルーニャ音楽堂のステー ジに立ちました。 +++++++++++++++++ 今、一年に300イベントぐらい開き、全部で50万人がここで音楽を楽しめます。特に声楽、ジャズ、ゴスペルがよく開かれます。カタルーニャ音楽堂でコンサートを聞きたい方は、インターネットまたは1階の窓口でご予約ください。 +++++++++++++++++ ツーリストの見学は月曜日から日曜日まで、10時から15時30分迄 10時、11時、12時など:英語のツアー、 10時30分、11時30分、12時30分など:スペイン語のツアーになっています。 入場料は10ユーロ。 注意:コンサートが開催される時、見学は出来なくなります。 見学の1週間前から、ツアーのご予約はOKです。 カタルーニャ音楽堂のお店は隣の角(ライエタナ通りの方)にあります。写真付きの説明書、絵葉書、音楽のデザインのスカーフ、ネクタイ、カップ、オブジェーなど売られています。 カタルーニャ音楽堂は聴覚や視覚だけではなく、味覚も楽しめますよ:音楽堂の1階(後ろの方)にバール・レストランもあります。何かを食べてみませんか? アクセス:地下鉄、4号線 Urquinaona 駅で下車、歩いて1分。http://www.palaumusica.org/ 聖家族教会・生誕のファサード ![]() バルセロナの名所はやっぱり、サグラダ・ファミリア! 今回はガウディがデザインした聖家族(サグラダ・ファミリア)教会の生誕のファサード(正門)を紹介しましょう。 生誕のファサードの建設工事は1892年に始まり、38年後に、つまり1930年に完成しました。生誕のファサードを見ると、イエスキリストの人生がすべ て分かるので、石の聖書と言われています。 生誕のファサードには4つ塔があり、4人の使徒を表現しています。左から:ベルナベ、シモン、ユダ(タダイと呼ばれた)、マチアの塔です。 一番左側の塔は1925年に完成し、1926年に亡くなったガウディはこの塔しか自分の目で見ることが出来ませんでした。 (ガウディは路面電車に轢かれて、3日間後に旧市街のサンタ・クレウ病院で亡くなっています)。 生誕のファサードは、左から希望の扉口、慈愛の扉口、信仰の扉口と、3つ扉口があります。ガウディは各扉口に色を付ける予定だったらしいです。希望の扉口 はライトグリーン、慈愛の扉口はナイトブルーと信仰の扉口はレンガ色ですが、現在引き継いでいる建築家達は色を付けることをためらっていて、将来色を付け ないかもしれません。 ガウディはまた「色を加えられていない部分は、大地の偉大なる画家である太陽のキスを浴び、それ自身輝き、自然な色へと変化していくだろう」と言っていま す... 慈愛の扉口の真中にイエス誕生の彫刻があり、幼いイエスが聖母マリア、ヨセフ、牛とロバに囲まれています。下の柱にイエスの祖先の名前が書いてあります。 イエスの誕生を、天使たちは喜んで、音楽を奏でています。これら楽天使たちは日本人彫刻家、外尾悦郎氏によって近年に完成されました。左側にはイエスにプ レゼントを持ってきた東方の三賢 人が描かれています。慈愛の扉口の上の方には聖母マリアの戴冠、そして星空の下、キリストの御託身(神がキリストとして、人間となって現れること)の彫刻 も見えます。 左側の希望の扉口には上から聖母マリアとヨセフの婚約の彫刻やイエスが祖父母と一緒にいる彫刻があります。 下の方はローマ帝国の兵隊が立っています。「最近生まれた男の子の中に、将来イスラエルの王になる男の子がいる」と予言されたヘロデ王は2歳以下の男の幼 児を全て殺すことを命令しました。その命令でローマ人兵隊が幼い男の子を殺しています。 この話を聞いた聖母マリアとヨセフはロバに乗って、エジプトに逃げていきます(左側の彫刻)。 右側にある信仰の扉口の上から下へ:イエスが生まれて初めて教会に連れて行かれ、神様に披露されている彫刻。寺院でのイエス、そして、大工だったお父さん の仕事場で働いているイエスの彫刻が見えます。 3つの扉の上に JHS (イエスのアナグラム)、白いペリカン(聖体のシンボル)と糸杉(生命不死を象徴)があります。 (南ヨーロッパの墓地には糸杉が多いです。) 希望の扉口の左にカメレオンの彫刻も見えます。聖母マリアの「 M 」も彫刻されています。3つの扉口の間に2本の長い柱があり、その柱の下に亀が彫刻されています。バルセロナは地中海とコイセロラとういう山の間にある街で す。海の方の柱の下にある亀は海亀とよばれ、山の方にある亀は陸亀です! 昔、サグラダ・ファミリアに勤めていた労働者と彼らの家族もモデルになりました。そして、ガウディは近くの病院で亡くなった赤ちゃん、お年より、男性、女 性たちのデスマスクも作りました。彫刻はデスマスクをもとに作られているので実際に生活していた人々がモデルです! それに、地上からみて、人の彫刻が全部同じ大きさに見えるように、全ての彫刻の大きさが違います!上に方に行けば行くほど、彫刻のサイズが大きくなりま す... 最後に、面白い話をしましょう:ある日、ある人がガウディに「地上から見えないのに、なぜ塔の一番上まで飾りを造ったのですか?」と質問しました。ガウ ディはこう答えました:「天使が見ているから...」 2005年に聖家族教会の生誕ファサードは世界遺産に加えられました。 ※ 生誕ファサードは上まで登ることが出来ます。2006年の夏まで、螺旋階段で登るのは可能でしたが、現在、エレベーター(追加料金:2ユーロ)しか利用できません。 誕生ファサードのエレベーターと受難ファサードのエレベーター、つまり2ヶ所あります。私のオススメは、誕生ファサードの方のエレベーターです。入口は生誕ファサードの右側で、ロサリオ礼拝堂の前にあります。 エレベーターで登り、糸杉の後ろにある橋を渡り、一番左の塔の螺旋階段(上から見る螺旋階段は貝の形をしています!)で降ります。途中にたくさんのバルコニーがあり、そこからは素晴らしい景色が見えます。 注意:観光シーズンの時に、エレベーターに乗るまでの待ち時間は、1時間半ぐらいになります。。。
サグラダ・ファミリアの夜景
サグラダ・ファミリアのご見学は2時間〜3時間ぐらいかかると考えて下さい。
アクセス:地下鉄、2号線、5号線 Sagrada Familia 駅で下車、すぐ。http://www.sagradafamilia.org/ ▲ UP
バルセロナ水道局 ![]() 建設に6年をかけ、高さ142mのトレ・アグバル( Torre Agbar )はバルセロナで3番目に高いビルで、2005年の秋にオープンしました。いまやバルセロナの新しいランドマークになっています! バルセロナ水道局( Agbar社)の新しい事務所(トレ・アグバル)はバルセロナの大通り(グラン・ビア通り、ディアゴナル通りとメリディアナ通り)の交差点にあります。少 し前まで、この場所(グロリアス広場)はバルセロナの端っこにあたり、観光客だけではなく、地元の人にとってもそれほど重要な地区ではなかったが、これか らはバルセロナの新しいテクノロジー・センター、新しいビジネス街、国際的な商業地区にしようとバルセロナ市は努力しています。 その上、2009年に開通する予定のサグレラ駅(フランスのTGV駅)もこの近くにあります。 トレ・アグバルの前にある丸いグロリアス広場は将来、全部改装され、広い公園になる予定になっています。地下駐車場も予定され、周りの大通りは地下に移す らしいです。 ミサイル、砲弾、キュウリ、座薬など・・・地元の人々はこの新しい建物に様々なニックネームをつけています。この建物が好きな人は多いけれど嫌いな人もい ます。しかし目立つ建物なので、バルセロナを訪れる人は皆、なんだろうと関心を持ちます。 たぶん、100年前にガウディの建築物を始めて見たバルセロナの人達も同じような会話をしていたに違いありません! じゃあ、ミサイル、砲弾、キュウリ、座薬などと言われるこの形は何でしょうか? 建築家、フランス人のジャン・ヌーベル( Jean Nouvel、1945生まれ )の説明を述べると、カタルーニャ地方の守護地、のこぎり山モンセラットの岩を元にした形ということです。また、地面から出た間欠泉(一定の時間を隔てて 周期的に熱湯や水蒸気を噴出する温泉)をも思わせます。 トレ・アグバルは二つの円柱で作られています!外から見える円柱の中にもう少し小さな円柱があります。一番大きな円柱はカラフルなガラス張りの「皮」に包 まれています。その「皮」は下から上まで、赤いトーンからブルーのトーンまで変わって行きます。 赤は土の色で、ブルーは地中海性の空を表現しています。そして、夜になるとその59619枚のガラスが中からライトアップされます!夜、暗くなったら、バ ルセロナの新しいランドマークを探してみて下さい! とても美しいです。 きれいな「皮」だけではなく、エネルギーの節約の面にも役に立つガラス張りの「皮膚」と言えます。 建築家チームの優れたアイデアで、自然光も材料として使われています。 鋼鉄:250トン、コンクリート:2万5千立方メートル、4500窓、34階建て、事務所:50500平方メートル、8つのエレベーター。 地下には316人を収容する音楽ホール、2階建ての駐車場、地上には28階の事務所(バルセロナ水道局とプライベート会社)になっています。 アクセス:地下鉄1号線 Glories 駅で下車。徒歩1分。バルセロナの路面電車もバルセロナ水道局の前を通ります。 http://www.torreagbar.com/ ダウンロード出来るスクリーン・セーバーも有り。 |
