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「私達はスペイン人ではなく、カタラン人だ」という表現があります...

カタルーニャ州は、歴史的にカタラン人意識と独立心の強い地方です。


カタルーニャ歴史(紀元前10世紀〜西暦2006年):


昔: この地方に多くの先住民の「イベリア人」が住んでいた。

紀元前7世紀: ギリシャ人が交易を目的に住みついて海岸沿いにアンプリアス市を作る。

紀元前3世紀〜西暦5世紀: ローマ人に征服され、この地方はローマの植民地になる。

西暦5世紀〜7世紀: ローマ帝国が滅亡した後、西ゴート王国が建設されてバルセロナは、西ゴートの首都になる。

西暦7世紀〜: イスラム教徒が、イベリア半島を侵略。

西暦732年: イスラム教徒は、フランス西部のプアティエ市まで侵略。イスラムによる支配。

西暦8世紀: フランス国王は、フランスを守る為、ピレネー山脈に辺境領を作りました。(辺境領とは国境付近に防備の必要上置いた軍事的領地) 後このエリアは、カタルーニャになっていく。

西暦988年: 辺境領を統治していたバルセロナ公爵によって、辺境領はフランスから独立。

西暦12世紀〜15世紀: バレンシア州、アラゴン州、バレアレス諸島、南イタリア、南ギリシャ、シシリア島、サルデーニャ島などが、カタルーニャの植民地になり、カタルーニャは、地中海の貿易で栄える。

西暦15世紀の終わり頃: カトリック両王の政略結婚でカタルーニャ、アラゴン、レオンとカスティヤが連合し、スペイン国の始まりとなる。

1700年〜1715年: スペイン継承戦争を負けたカタルーニャは自治権を奪われ、スペイン王国の州になる。カタルーニャ政府がなくなり、カタルーニャ語使用は公衆の場で禁止となる。

1975年: フランコ独裁者死亡。

1977年: カタルーニャ自治州政府「ラ・ジェネラリタット」が復活。

1988年: カタルーニャの誕生、1000周年。

2006年: カタルーニャ州議会がカタルーニャ自治憲章を改正。


 関連ページ: カタルーニャ歴史(2006年〜現在)




カタルーニャ州、美しい自然と栄えている経済


カタルーニャ州は、人口約750万人で、一年を通じて暮らしやすい気候が続きます。乾燥した夏と温暖な冬の地中海性気候です。山と丘が多く、内部にはピレネー山脈があり、海岸部も北は岩と崖が多く、南は白い砂浜が広がっています。

バルセロナを中心とする地方は金融と重工業の先進地帯です。観光、製薬業界、車メーカーなどが盛んで、スペイン国内の生産の約20%です。カバと呼ばれるスパークリング・ワインの産地でもあります。地中海のリゾート地なども増え続けています。


カタルーニャ州の旗
カタルーニャ州の国歌(動画)




海岸都市としての役割と個性的なカタラン人:


昔から貿易港として発展してきたカタルーニャ州は、スペインの中で最も強くローマの影響を受けてきました。100年ぐらいしかイスラムの支配が続きませんでした。そのため、スペインの他の地方と比べると、独特な歴史があります。バルセロナは古くからカタルーニャ州の首都として発展してきました。

9世紀にはフランク王国の助けを得て、キリスト教に復活しました。フランク国王はカタルーニャ州を統治していたバルセロナ公爵をお選び、自国を守るためにカタルーニャ州を建国しました。カタルーニャ州はスペインより700年早くヨーロッパの影響を強く受けました。

10世紀にフランク王国から独立して、その時から自主独立の感覚は日常生活に溢れています。12〜14世紀までカタルーニャ州は地中海との貿易で栄えていた地方でした。しかし、1479年にカスティーリャ州と連合したため、スペイン国になりました。

1492年にコロンブスが新大陸アメリカを発見した後、ヨーロッパの関心は大西洋の方に向かいました。そのため、地中海の貿易は縮小し、カタルーニャも振るわなくなりました。

1700〜1714年のスペイン継承戦争でカタルーニャ州は自治権を奪われました。19世紀には産業革命の影響で繊維と織物で利益を上げ、バルセロナは華やかになりました。モデルニスモ建築の流行で、ガウディ、ドメネック・イ・ムンタネー、プッチ・イ・カダファルクによって、バルセロナ新市街はヨーロッパの注目を集めました。



カタルーニャ州の祝日は9月11日です。毎年、その日にはセレモニー、イベント、人間の塔などが開催されます。

カタルーニャ地方 (ビデオ)




2000年の歴史を持っているバルセロナ


第2ポエニ戦争の時に、ローマ帝国の軍隊はイベリア半島に派遣されました。紀元前218年にタラゴナが建設され、イベリア半島の首都になりました。紀元前15年にバルセロナも建設され、「バルキノ」と呼ばれていました。

476年にローマ帝国が滅亡した後、バルセロナは西ゴートの首都になりました。バルキノはバルキノナと名前を変えました。12世紀にバルセロナ公爵が住んでいる町から、アラゴン王の住んでいる町に変わりました。

18世紀初頭、スペイン継承戦争のために衰退しました。19〜20世紀にようやく経済がよくなりましたが、独裁者フランコ時代にバルセロナは圧政を激しく抵抗しました。

現在のバルセロナは南ヨーロッパの重要な街になっています。

1992年のサマー・オリンピックが開催され、そのお陰でバルセロナは全世界で広く知られるようになりました。北ヨーロッパ人の目で見ると、バルセロナは南の町で、南の人の目で見ると、バルセロナは北ヨーロッパの雰囲気です。ヨーロッパの諸外国から移住する人、または学生がたくさんいます。


カタルーニャ州の独特な文化


バルセロナは外国人をたくさん受け入れ、違う文化がうまく解け合って、独特の個性を見せています。地区によって、中世の町並み、または現代的な建築物を見ることが出来、古い物を大事にしながら、新しい物を取り入れる柔軟さを兼ね備えています。こう言ったバルセロナの自由な空気がガウディピカソミロ等といった天才たちが活躍しやすかったです。




カタルーニャ歴史
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